「前向きでいられない日」があってもいい|心の健やかさの本当の意味
- 谷川みこ

- 1月8日
- 読了時間: 2分

2026年は、「健やか」な年にしませんか?
私は、言葉は人の人生を左右するほど大切なものだと考えています。同じ出来事が起きても、どんな言葉で受け取るかによって、心の在り方は大きく変わるからです。
世の中では「元気が一番」「前向きでいよう」といった言葉をよく耳にしますし、それ自体を否定するつもりはありません。ただ、心の状態を表す言葉として、私は「元気」よりも「健やか」という表現に、より深い意味を感じています。
元気とは、外に向かうエネルギーです。活動的で、明るく、よく笑い、よく動ける状態。一方で、健やかさとは静かな内側の安定を指します。無理をしていないか、自分の感情を置き去りにしていないか、心と体の声をきちんと聞けているか。その土台が整っている状態を、私は「心の健やかさ」と呼びたいのです。
年を重ねるほど、私たちは常に元気でいられるわけではなくなります。疲れる日もあれば、気分が落ち込む日もある。それでも心が健やかであれば、「今日は休もう」「今は立ち止まる時期だ」と、自分に適切な言葉をかけることができます。
問題になるのは、「元気でいなければならない」という思い込みです。その言葉に縛られると、弱っている自分を責め、自己否定へとつながってしまいます。
でも本当は、立ち止まれることや、揺らいでいる自分に気づけることこそ、心が健やかである証なのだと思います。健やかさとは、無理に前向きになることでも、いつも自分を肯定し続けることでもありません。いけないことをした時には「それはいけなかったね」と自分で認め、反省することも大切です。ただし、その出来事によって自分そのものを否定しなくていいのです。
誰でも間違えますし、迷うことも、弱くなることもあります。そうした自分を「こんな自分ではダメだ」と突き放すのではなく、「それでも生きている自分」として、きちんと扱ってあげること。
心が健やかな人は、倒れても折れても、必ず「戻る場所」を心の中に持っています。その場所があるからこそ、また立ち上がることができるのです。
私は、この「自分が自分の味方でいられる感覚」こそが、心の健やかさの土台になると感じています。



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